コーチンを長野県の高原より直送
​標高の高いところで育った
名古屋コーチンは 
肉質が締まって強靭な筋肉質の
歯ごたえのある​ものに育っています
北海道の鹿肉を2010年より
取り寄せ始め
囲炉裏で網焼きしております
ゴマだれもしくはスリランカの天然自然海塩で
​お召し上がりください
三河田原の養鶏場から直送してもらってます
​開いて串に打ち、あぶり焼きする時間が長ければ長いほど
原木備長炭の香りが入りこみます。
​ジビエの醍醐味です
​コーチン卵を使って作ったカタラーナ
​北海ししゃもは釧路から直送
身のしっかりした雄のLサイズのみ使用
本物のみが持つシャキシャキじた舌ざわりが
雌のししゃもよりも美味しい事をわからせてくれます
1995年の開店当時は本州では物量の少ない雄のししゃもの入手に手まどいました

鴨は青森県産の真鴨を使用しております。

合鴨とはまた違った味わいをお楽しみください。

写真はその真鴨を備長炭で軽くローストした

鴨のローストです。

秋は長野県のきのこ
包み焼き、お鍋もご予約くいださい
秋から初春にかけては牡蠣をご用意してお待ちしてます
北は北海道から三重県まで
​おいしい牡蠣を選んでます

ヘッディング 4

 黒毛和牛のお話

当店では三重牛、仙台牛、飛騨牛等の国産黒毛和牛を使用しております

部位は主にカイノミを使っています

室温に戻されてからさっと炙り太陽と風の力で結晶化された当店自慢の

スリランカ自然海塩でお召し上がり下さい

選りすぐりの素材にはたれなどつけず焼く

そのものズバリの味を味わいたいものです

たくさん焼くと煙るので少しづつ網の端の所でお焼き下さい

  簡単な表示の説明です

国産黒毛和牛 黒毛和牛という種の牛を日本で育てたもの

黒毛和牛   黒毛和牛ですが海外で育てられた牛もいます

和牛     一般に茶色の種の牛ですが黒毛和牛も含まれます

          日本にいる固有種黒毛和種

          1黒毛和種

          2褐毛和種

          3日本短角種

          4無角和種

          上記を交配させた種

          日本に昔からいる和種 (品種を言います)

          海外で育てられても和牛表示されます

国産牛  外国のホルスタイン、ニュージャージー、オージー

     アンガス牛も一定期間、日本で育てられれば国産牛表示されます 

 

     どんなにいいお肉も、原木備長炭で焼いた味には敵わない

 

   手羽先炙り焼のお話

遠火で炙り焼、1時間位でいい感じになります

なるべく焦げ目をつけないよう少しづつ焼きが入るよう焼きたいのですが

備長炭の火加減はなかなか思うようになりません

北京ダックの表皮の様、焦げ目が殆ど無くパリパリの黄金色に焼きあがったら完璧なのですが

予約で、お客さんのお見えになるかなり前から1時間以上、原木備長炭でじっくり時間をかけて炙り焼く、世界で一番贅沢な(?)手羽先です

 

   原木備長炭での和牛のおいしい焼き方

原木備長炭は一般の炭にくらべ、火力がかなり強いので

お肉だけを焼き網の真ん中に置くと油が焼け

煙が強くなります、必ず野菜と一緒に載せて下さい

野菜は真ん中でお肉は焼き網の縁の方で焼いて下さい

玉ねぎ、かぼちゃ等が煙を吸収し、和牛から飛び出す油が野菜に乗って野菜そのものまで香ばしい焼き上がりになります

特にかぼちゃ等は肉汁を直接ぬるとおいしくこんがり焼けます

チョット焼きあがったお肉から出た肉汁を塗ってみて下さい

「お肉だけ」「野菜だけ」で焼くよりおいしく焼けます

お肉のみ網いっぱいに乗せると煙があがるだけです

お肉は網の縁で焼くと煙がかなり少なくなります、お肉から出る煙の燻煙効果で、魚や手羽先も、より美味しいものになります

いろりでの場合、燻煙効果がとても重要な役割をします

そのため無煙措置をとっておりません

お肉を焼く場合、網の縁の方で少しづつ焼いて下さい

 

3月の牡蠣

3月、そろそろ牡蠣も終わりの時期にはいりました、ご存知ですか、牡蠣の美味しい時期が3月だって事

「牡蠣はこの冬、さんざん食べたから、もういいや」
いえいえ3月の牡蠣は身がやっと熟してきて、本当の味がやっと出てきた

時期なのです

海が暖かくなり始めた頃、卵を持つため牡蠣は栄養をつけ身がこえてきます

メロンとかの果物でも明日腐る寸前が一番おいしいように

牛肉は時間をかけ熟成したものがおいしいように

ワインが抜栓され空気としばらく遊んだあとのように

牡蠣も海が暖かくなりかけた頃にやっと美味しくなったのです

12月 出始めの牡蠣も先物としていいのですが

海のミルクと言えるのは3月の牡蠣だけです

 

 

 

 

日本酒のお話 辛口のお酒の意味

以前は辛口と表するお酒が美味しいと思い込んでいて、好んで飲んでました。たまに料亭や料理旅館の女将さんや料理長さんとお話する機会があると

「うちは辛口のお酒は置いてないからね」とよくいわれましたが、店を始める前迄は、その意味が理解できませんでした

戦後、辛口と表する酒にこだわる習慣があって、なかなか旨口の酒が世に

出にくくなっていた時代がありましたが、最近は辛口の酒に執着する人も

ほとんどいなくなり、自分自身の求める方向のお酒えを選ぶ方が増えてきた様に思います

もともと日本酒に辛いもの自体なく、酸味の強いものをわかりやすく辛口と称していただけなのです。戦後から近年迄の辛口への絶対的こだわりには

ある日本酒有名メーカーのコマーシャルに影響を受けているご年配の人が多いといわれています

若い頃、飲み放題で飲んだ、糖分を添加した安物のお酒の味がトラウマになってしまっている場合もあるようです。もともとお酒自体にはほんのり甘さと吟醸香があり、美味しい米は、かめばかむほど甘さを感じることが出来ることを考えれば、辛口自体おかしな話なのです

戦時中、いいお米が出来ず、お酒を作れる杜氏さんも戦争でいなくなり

酒造りの環境もこわされ、甘味のある美味しいお酒が作れなくなった時

むりやり糖分を添加し、美味しくないお酒をつくっていたのが原因とも

聞いたこともあります
  人気のあるお酒には4つのタイプがあると言われています

    1,有名になっているお酒

    2,少量生産で希少価値なお酒

    3,購入経路が難しく入手困難、プレミアの付いているお酒

    4,味のみ追求、作り手の意志が込められた、こだわりのお酒

もちろん、この全部をもっているお酒もあります

でも、一番大切なのは 4でしょう

流行に流されてのお酒選びだけは避けたいものです

酒蔵は現在1500以上あると言われそれぞれ20種類以上作っていたとしても

3万種あることになります、毎日新しいお酒が生まれ、入れ替わっています

辛口にこだわる事が悪い事と言っているのではありません

いろんなお酒と出会い、自分自身の味を探し、お酒にたいして独自の個性を持っていたいものです 

 

 

常連さんってどんな人?

「あなたはいつも来てくれる人を常連さんだと思ってませんか?」

ある飲食店向け冊子の見出しにこんな事が書いてありました

店を始めて間もない頃、よく年配のお客さんからにいろいろ教えてもらうことがありました

「いつかこの店にも、常連さんがついてくれるよ、常連さんはね

 いつも店の事を大切にし、気遣って座っている、お客さんで混んできた時

 気をきかしてくれる、それが常連さんなんだ

 大切な店がつぶれてなくなると、心の拠り所がなくなってしまうからね

 だからすいている時にはその分お返ししなくちゃだめなんだよ」

 そんな事を言っておられました

冊子には、おそらく「常連さんとは何回きてくれたとか、たくさんお金を使ってくれたとかをいうのではありません」と言う事が書いてあったのでしょう

年一度の結婚記念日にはかならずここでお祝いをして頂ける

年一度の出張の時、かならず顔を出して頂ける

一回だけの顔みせでも、その店をいつも大切に思ってくれている方

店主も常に気にかけずにはいられない、

そんな人がきっと常連さんなんでしょうね

 

店を開く前、雑誌社の人との酒の席での事です

どんな店がいい店と呼べるのか、ちょっとした議論になった事がありました

その人が言う事には、 「外食はハッと感じる事が大切で、美味しい、まずいはそれほど関係ない」と言うのです

「印象に残るもの、非日常的なものがそこにあるからこそ意味があって、今までに経験したことのないもの、その人にどんな思い出を残せるか、それが外食だと思います」そんな様な事を言われた様に記憶しています

当時、開店を間近に控え、美味さを追求する事が一番大切と思っていた自分にはとんでもない考え方でした

 

何年も前にいらした方がひょっこり寄って頂けた日には、このお方の思い出に残っていたのかな?と、ちょっと嬉しい気持ちにさせていただけます

 

 

 

 看板のない店

ずっと以前は、誰もしらない変わった自分だけの店を求めていた気がします

近年は情報が飛び交っていて、誰もが知ってる有名な店をほとんどの人が求めている気がします。外からは一見何屋さんか分からない「寿司か天麩羅か中華なのか、分からないけど、思い切って入ってしまおう」

能舞台があったり。壁一面が大きな水槽になっていて物凄い数の錦鯉が泳いでいて、鯉が壁の模様にみえてくるバー。寺の中にあってガラス越しにライトアップされた寺の大杉をながめながらお酒を飲むバー。ごく普通の民家を木戸を開けて入って行くと、小高い丘の上に、小さなたこ焼き屋さんも杁中にありました。

なにかを訴えてくる個性の固まりの様な店には看板らしき物はいずれの店も無い、誰も知らない取って置きの隠れ家

そんなお店は今はほとんど無くなってしまったけれど、1995年、そんな店を残せれればと紅を始めました

最近の店は面白い店より無難な店造りが行われていて

誰も知らない店よりみんな知ってる店

それがイイお店として評価され受け入れられるている様に思えます

店に入ると行き届かない点や不快な事がいくつかあるのですが、又それも自然に受け入れる事が出来、すごくおいしいとか、店の者が面白いとか、何か一つあることで、個性的な空間が看板のない店としてなりたっていました

今は全てクレームを改善しすぎて、個性がなくなっているようにも思えます

一般大衆受けする構成の無難な店作りに、いつも満席、

こだわればこだわるほどマニアックな店づくりに、お客さんは少なくなる

昔は、お客さんが店を育て、育った店がお客さんを育てる、そんな関係があって永くつづく老舗がつくられていったようです

「へ~こんな店知ってるんだ~」店の玄関で驚かせ、中に入って感動させ

食事に入る、招待した大切な人に店を出た後、いつまでも印象づけさせる

何年も前に行った店なのに不思議と思い出に残っている

最近はどこにでもある似たようなお店ばかり増えてしまって、

外食もちょっと残念な時代なのかもしれません。

『有名は無名には勝てない』大正から昭和にかけて活躍した陶芸家、河井寛次郎の言葉です。 

そういえば最近拘っている店、少なくなったな~と   そんな気がします